クラヴマガと回り道の人生
私は今フロリダ州のオーランドの空港にいるが、特にこの地に用事があるわけではない。不思議なことに、ここはカナダ国境近くミシガン州グランドラピッズ市からペンシルバニア州ポコノス地区に行くための、途中降機場所になっているのだ。わざわざ南のフロリダ州に飛んで、7時間も費やした挙句にまた北に戻るために飛ぶのはなんとも時間の無駄のように思えてしまうが、航空路線がこのように決まっているのだから仕方がない。
時には直行便がなくて、時には北部での移動にも関わらず、わざわざ南部の町を経由していかなければならないこともある。時には近道がないだけかも知れない。曰く「簡単に家には辿り着けない」、そして時にはそういう回り道が一番の手段であるかもしれない。
そういうわけで私は雪と氷の寒さから逃れ、穏やかな一日をオーランドの空港で過ごしている。ここはとても美しい空港で館内に滝や木などが設えてあり、夏服を着た楽しそうな人が通り過ぎてゆく。私はフロリダのスムージーを飲みながら、まるで南国のリゾートにいるような気分でいる。
眺めを楽しむためには、速度を緩めなければならないこともある、と昔父が言っていた。ここは愉快な場所である。ミッキーマウスの耳をつけてディズニーの洋服を身に着けた子供たち、チアリーディングの大会を終えて家に帰る途中であろう、試合用の衣装に身を包んだチアリーダーのチームでいっぱいだ。私はここにいるのが嬉しいし、人生のこの瞬間を楽しんでいる。
そういったのが人生であって、たとえば予期しなかったことがあり、多くはあまり好ましいものではある回り道は、実は最も素晴らしくて意味深いものであったりもするのだ。時には、人生において重要なこともしくは自分自身について学ぶためには、好ましいと思われる最短ルートはとることができなくて、長くて入り組んだ道を歩むしかないこともある。そして時にはその回り道こそが人生の行路となるのである。
我々はこの回り道に怒ったり呪ったりしてこき下ろす。しかし最終的にはこれが我々にとって必要なものであったとおずおず認めることになるのである。
クラヴマガ、護身術はまさにそのような行程を経てくる、人生の縮図のようなものだ。我々は異なった方法を試してみては、時々自身の鼻に一撃を食らったりする。そして鼻血を拭き取り、涙を拭って今まさに学んだことを理解しようとしているのである。
だからこそ我々IKIのクラヴマガが常に進化しているのだ。あなた方は発展か無関心かどちらとも選ぶことができる。我々は「時代遅れのクラヴマガ」も「展示用のクラヴマガ」も欲してはいない。求めるのは生き続けるクラヴマガである。だから実際の生物のように間違いを犯し、望ましくない回り道をする。だが結局のところその余計な回り道が成長そのものだったと気付くのである。